aga

ホーム

AABN紹介 ご挨拶・定款・事業計画他 活動記録 お知らせ 阿賀川流域百景 リンク メール

特定非営利活動法人
会津阿賀川流域ネットワーク

Aizu(アイヅ) Agariver(アガリバー) Basin(ベイスン) Netowork(ネットワーク) =AABN
理事長 石田明夫




【 お 知 ら せ 】


◎令和3年度 堤防除草のお知らせを配布しました R3.5.11


5月6日〜7日にかけて、阿賀川流域の一部地域の皆様に、堤防除草のお知らせを配布いたしました。
作業期間中、地域の皆様にはご迷惑をお掛けいたしますが、ご理解とご協力をいただきたく、よろしくお願いいたします。

   



◎令和3年度 除草機械講習会及び安全大会を開催しました R3.4.28


令和3年4月23日(金)に、除草機械講習会及び安全大会を行いました。
新型コロナ感染症対策にご協力をいただきながら、午前の部・午後の部
 と、長時間に渡りご参加いただきました皆さまに、厚く御礼を申し上げます。

本年度も事故無く、安心・安全に心掛けながら作業いたしますので、阿賀川
近隣住民の皆さまへの、ご理解・ご協力の程よろしくお願い申し上げます。


活 動 記 録





会津阿賀川流域ネットワークは、福島県会津地方の阿賀川流域で活動する
水環境と関わる地域活動団体の参加で設立/運営しています。

 阿賀川は、会津盆地では「大川」と呼ばれ親しまれています。下の写真は、会津盆地を北側から見たもので、中央に阿賀川が位置しています。
 阿賀川とは、江戸時時代には「揚川」と書いていました。 現在では、福島県の会津地方は「阿賀川」と呼び、県を境に新潟県では「阿賀野川」と呼び区別しています。
 江戸時代に会津藩が編纂した『新編会津風土記』には、南会津の源流から田島までは「荒海川」、田島から下郷町湯野上までを「大川」、湯野上から会津美里町本郷までを「鶴沼川」、本郷から下流を「大川」、只見川と合流すると「揚(あがの)川」と呼んでいると書かれています。 
 また、江戸時代に書かれた『会津旧事雑考』には、「大川」の下流でも会津若松市北会津町蟹沢付近を「蟹川」、湯川村佐野付近を「佐野川」と書かれています。 
 江戸時代に書かれた藩の命により会津藩士が書いた『会津鑑』には、「揚(あが)川」は、尾瀬沼を出て、只見までを「揚川」、只見から下流を「只見川」、会津坂下町片門から下流をまた「揚川」というとも書かれています。 会津の川は、すべて新潟県境の西会津の阿賀川に集まり、銚子の口(酒のお銚子のように首が狭くなってい事から名づけられています)から新潟県境に流れていきます。
 時代により、川の呼び名は変化しましたが、地域の生活に密接な関係があります。 
 写真2段目は猪苗代湖(イとは「水」、「ナワ」とは奈良盆地のような平な場所、「シロ」とは高いを意味する大和言葉で、高い平らなところにある湖を指します)と磐梯山(「磐」とは神様が住むところ、「梯」ははしごで、神様が住むところまでつながる梯子のような山を意味します)で、会津のシンボルです。   

aggawa
中央が阿賀川(大川)  会津盆地中央から盆地南側を見た風景 


gazou
会津若松市湊町中田から見た磐梯山1816メートル 猪苗代湖は標高514メートル

urabandai

桧原湖から見た裏磐梯 標高823メートル、1888年7月15日爆発。
この時、赤十字が世界で初めて戦争以外で、けが人の救助にあたりました。
裏磐梯と命名されて、2020年は、ちょうど100年目にあたります。
中央の窪みに小磐梯山(現山頂より少し低かった)があり、それが吹き飛びました。
磐梯山の標高は、1816メートルです。桧原湖は標高823メートルです。
大小約500ほどの湖沼があります。与謝野晶子も訪れています。


加盟団体へのリンク  はホームページへリンクします    

阿賀川 川の達人の会   a5会津大川の会  会津非出資漁業協同組合  a8阿賀川非出資魚業協同組合

 a7会津阿賀川の会  a7北会津ホタルをまもる会  a8田付川の清流を守る会

  日本野鳥の会会津支部   a11湯川を美しくする会  a12翁草を愛する会   会津津ユネスコ協会


機関紙「水紋」はお知らせにあります

−事務局−
〒965−0856 福島県会津若松市幕内東町10番12号
TEL 0242−27−2921 FAX 0242−27−2922